ゲーム人生

2004年1月27日 ゲーム
ユーリさんにヒ・ミ・ツの交換日記です。

1984年、任天堂からファミリーコンピューターが発売された。
父「ファミコン買いに行くか」
翌年に父親が購入。当時ボクは5歳だった。
当時のボクは、子どもとは思えない程ハマっていた。
まず、6時に起きて居間でファミコンをしてから保育所に行く。
今考えると、なんて集中力なんだ(笑)アホだね。
5歳の子どもがファミコンをやりたいが為に、
6時起床て。普通寝てます。

小学校に上がっても冷めるハズがないです。
友達の家に遊びに行く事もあったけど、ファミコンです。
男友達なら誰の家にでもある家庭用ゲーム機。
社会現象にまでなるほどでした。
ゲームは1日1時間って高橋名人も言ってました。

いや、外で遊ぶこともあったよ。たまにね。

母は勉強しろとは言わず。ボクの自主性に任せたんでしょう。
無駄でした。とりあえずファミコンでした。
あまりにハマり過ぎるので、母親がアダプターを隠す程でした。
ちなみにボクの兄もハマり過ぎてました。
そして父親も子どもが寝た後、ハマってました。
ふと夜中に目が覚めると、
あぐらをかいた父の背中とゲーム画面が目に飛び込んできました。

スーパーファミコンが登場。
任天堂のキャラがファミコンからスーファミへ行進するCMが懐かしい。

中学生になってもおさまらず。
ゲームプログラマーになる夢を持ち始めた時期です。
ファイナルファンタジーシリーズやマザー2。
ホント、現代っ子にもプレイしてもらいたいほどです。
妹もなんとなくゲームに触りだしました。
ヨガフレイム出せてました。

あと、受験無視して毎日友達のトコにゲームしに行ってました。
14歳の冬に、プレイステーション、セガサターンが出たんだよね。
当然成績は下のほう。

高校入学。高校時代はそれほど・・・いやハマってた。
中学ほどでもないけど。
部活動に熱を入れ始めた時期。文化系ですが。
あと、友達とカラオケ行ったり遊びに行ったり、社交的になってきた頃かな。
高3年にはバイトも始めたし。なぜか受験の高校3年で。
それでも遊びまくりです。幼馴染と会ってはゲーム三昧。
旅行とかも行ったけど。
平行して音楽にも興味を持ちまくりでした。
初めて作曲したのも高校の時。
この趣味が混じって、今のHPがあるワケです。

あと、将来ボクみたいなゲーマーを楽しませるゲームを作る!!
そして始めたパソコン。RPGツクール。
RPGツクールは、ロールプレイングゲームを作る為のソフトです。
パソコンにハマった。基本的に電子が大好きです。
高校3年でゲーム魂復活。毎月1本はゲームソフト買ってました。

大学。
高校時代に目覚めた勉強が功を奏して、順位は一桁だったのさ。
イイ点取ると順位が上がる。ごぼう抜きの優越感を覚えたんだよね。

大学で知り合った女の子がこれまたアツいゲーマーで、
メチャメチャ喜んだのを覚えてます。
でも、大学まで行くとゲームも冷めて来たんだよね。
それ以上に楽しいことが増えてさ。
飲み会もバンドもヨサコイも恋愛も学内活動も全て大学から。
それでもゲームは手放さなかったよ。後半は全然やらなかったけど。

そんなボクの人生。
ゲームを通じて得たものは、娯楽で生きた甘いもの。
決して自分のためとか誰かのためとか、そういうのじゃない。
知識が増えるわけでもないし、特技が見につくわけでもない。
それでも酒にハマる人と同じようにゲームにハマった。

振り返るともったいない気もするけど、これはこれでいいのです。
でもゲームに出会ってなかったら、今の仲間とは出会えてなかったかも。
少なくとも、今でも続いている幼馴染とは出会ってなかっただろうな。
類は友を呼ぶ。彼らもまたアホみたいなゲーム好きです。
そんな幼馴染達をボクは大好きです。

でも、ゲームに出会ってなかったら、
ボク自身は相当カッコイイヤツになってます。
して相当冷たいヤツになってるハズです。

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